こんにちは。お久しぶりです。
超超久しぶりにブログを書きます。
気がつけば2025年はあっという間に終わり、2026年が始まっている。あまりにも早い。
2000年生まれの僕は26年目の年。人生100年と考えれば、4分の1がすでに終わってしまっているわけである。
25年も生きた気はしないのだが、本当に生きてきたのだろうか。
僕の一番古い記憶は、昔住んでいたアパートの前の壁が超高かったなあという記憶。
おそらく3、4歳。分からないけど。
きっと今その壁を見ても何も感じないのだろうけど、当時はとんでもなく高い壁に見えた。
母の運転する自転車に乗せてもらい(前か後ろかは忘れた)、つららを見た記憶もある。気がする。これは捏造かも。
通っていた幼稚園の松?の木にフクロウが留まっていた気もする。これは事実だよなあ?
もちろん他にも思い出はあるが、印象に残っている古い記憶はこんな感じ。
鮮明に覚えているのは直近10年くらい。ということは10歳の頃は、「10年生きてるなあ」と思っていたのだろうか。おそらく思っていないだろう。
記憶というものはどうしても古い順に失ってしまうものであり、なんともない日常であればあるほど、そうに違いない。
だが、そんな日常こそ愛おしいのではないだろうか。
幼少期に戦争を経験した人たちは、ついこの間の出来事のように、鮮明に当時のことを語る。忘れることができないからではないだろうか。
僕が「25年も生きた気がしない」というのは、今までの人生の中で、忘れられないような辛い思い、怖い思いをせず、楽しく幸せに過ごしてきた証なのだ。そんな日常こそ本当に忘れてはいけない記憶である。
そして、きっと今覚えている記憶も永遠ではないだろう。
その時感じていたこと、見た景色、色、温度。その時の言葉で残しておくこと重要さは言うまでもないだろう。
記憶を記録することは自分が幸せに生きてきたことを証明する一つの手段である。
約半年ブログの更新が止まっていたが、今日からまた「記録」することを始めようと思う。
